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自ら販売することで、お客の心を捉える!(川原 伸章)

川原伸章写真

川原 伸章 (かわら のぶあき)

Profile

石川県輪島市町野町徳成谷内生まれ
松任農業高校から筑波大学に進学
大学卒業と同時に実家に戻り就農。実家は水稲+果樹の専業農家
平成13年に(有)川原農産を設立し、主に営業販売部門を担当
水稲18.5ha、くり2.0ha、りんご0.8haを栽培
同年、輪島鳳至(当時)地区農業青年グループに加入
平成18年に結婚、翌年娘が誕生して父親としても頑張っている
 

就農のきっかけから就農まで

 中学生の頃、「長男は家業を継ぐもんだ、高校は地元農業高校しか許さん」という父に、ささやかな抵抗を示し、同じ農業系でも松任農業高校に進学しました。
 高校入学当初から大学進学を考え、学費の安い国立を目指し、松任農業高校から19年ぶりに筑波大学へ合格することができました。大学では海洋微生物学を専攻しました。大学3年生になり、食品メーカーに就職したいという自分の希望と、家業の農業を継いでほしいという父の希望の間で1年間悩みました。
 久しぶりに帰郷した時に、足腰が曲がり一回り小さく見えた祖母の姿を見て、いつまでも大変な農業をさせておいていいのだろうかという気持ちになり、家業の農業を継ごうと決意しました。
 就農した初年度の9月から10月、くりの収穫・選別・市場出荷、水稲の収穫・乾燥調製と重労働が続き疲れ切っていた時、田んぼの地主さんから「お兄さんが帰ってきたので安心して田んぼを任されるよ」と感謝されたことや、くりの出荷で市場のセリ場中央に川原用の場所を空けて待っていてくれたことがあり、農業の面白さを感じました。農業を一生の仕事としようと決意した瞬間でもあり、祖母のためでなく、自分のために自分の意思で自分のやりたい農業をしようと決意しました。

就農してから現在まで

 就農はしたが月給の無い暮らしに不満があり、仕事とプライベートの時間をはっきりさせたいとの思いから法人化をめざしました。
 水稲経営基盤の強化を図りたい父の思惑とも一致し、平成13年10月に(有)川原農産を設立しました。その後、経営規模は4haから毎年約2haづつ増加し、平成20年には約18haと拡大しました。
 毎月の給料を確保するには、毎月売上げを上げるしかないとの思いから、米の直売を始めました。俳優の永島敏行が主催する「青空市場」に参加したことが貴重な経験となり、物産展やイベントへ積極的に参加するようになりました。お客様の声を直接聞くことができ、評価されたものについては、多くがリピーターとなるので、直売も順調に増加しています。
 技術的には、数十年のキャリアを持つ父を越えるには経験不足だと感じています。しかし、発想力や企画力を活かして営業、販売面では父に負けていません。プレミアムパスポート事業に協賛した子育て家族向けの学割米、能登ひかりをおにぎり専用米として、結婚式の引き出物に能登の花ヨメ米などを自社ホームページで販売しています。今後はさらに商品を増やすなどして、販売面に力を入れていきたいと思っています。

将来はこんな農業をめざします!

 血は繋がっていなくても親戚のように信頼関係のあるお客さんを一人でも多く作りたい。

今後就農をめざす人へ

 技術・資金が無くても周りの人を引き付ける魅力があれば、農業を始めることは出来ると思います。
しかし、何が何でも折れない信念・覚悟を持たないと農業は続けられない。苦しみを楽しみに変える力と行動力を身に付けて欲しいと思います。
 人と会い話をすることが苦手、自然の中で一人で働きたいと思っている人は農業に向いていない。農産物の販売のように、人と接することが農業でも大切なことだから。

農林総合事務所所長よりひとこと

 東京での求評懇談会でご一緒させていただき、顧客満足度を常に意識されておられる姿勢は立派だと思います。
 また、映画「能登の花ヨメ」の最後の字幕に川原農産の名前がありビックリ。新しい発想力で次世代の販売・企画戦略に期待しています。
 余談ですが、父義正さんと一昨年、会合で会った際、ご結婚されたことを大変喜んでおられたのを思い出します。

種本農林総合事務所長

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